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理崎ヒカルのブログ

慢性副鼻腔炎と「うつ」「ひきこもり」「不登校」などの関係を調査、研究しています。 今のところの仮説としては何らかの要因(口内からの病巣疾患、ウィルス・細菌の感染、アレルギー、低周波音や高周波音や電磁波、ブルーライトなどの光刺激、天気(気圧)、家庭・学校・会社などの社会的ストレス、など)の複合的な影響の結果、慢性的な副鼻腔炎や鼻炎や咽頭炎を引き起こし、その炎症性の浮腫(むくみ)や気圧差による圧力などが様々な脳神経を圧迫して多様な障害をもたらすという鼻性脳神経症候群として捉えて取り組んでいます。 (注:なお鼻性脳神経症候群という言葉は現状の概念を説明するために用いている私の造語、仮説です。)

読書感想:起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブック 田中英高(著)

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読書感想:起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブック 田中英高(著)

タイトル通り起立性調節障害を対象にしたガイドブックです。最近では少しずつではありますがこの病気への理解が進んできていますが、まだまだ知らない人は知らない病気で、具体的な治療法は記載されていませんが、理解を深めるためには教育関係者や保護者であれば一読をおすすめしたい本です。

 この病気は簡単に言えば、自律神経などの影響で朝に起きられなくなるもの、また起きることができたとしても意識が朦朧としたままでなかなか行動ができないという病態です。そしてその結果として学校に通えないために不登校や退学など様々な問題を引き起こすものです。大人になってから治る人もいるそうですし、そのまま持病や体質として共に生きていく人もいるそうです。

 私も学生時代に診断こそされませんでしたが(と言うよりもそうした病気があることすらほとんど知られていなかったような気がしますが)体感的に理解できる話です。それは軽い脳貧血が起床してから2~3時間は続いてる感じなのではないかと思います。別の言い方をすれば、一応は意識はあるのだけれど脳の方がいつまでたっても覚醒してこない感じです。そして午後あたりになってから自律神経が動き始めて脳へ血流や酸素が十分に運ばれてくるのか、ようやく体や頭脳が動き始める感じでした。この本を読むと、重症型や軽症型があるそうなのでおそらく私は軽症型だったのでしょう。それ以前から体調不良が始まってはいたのですが、いよいよ朝が起きられなくなり社会生活に困難を感じ始めたのは高校2年生くらいでした。学校関係者の配慮もあって通っていた全日制の高校はなんとか卒業できましたが、この病気を持っていると高校生活はかなりつらいのです。と言うのは、本書でも指摘されているのですが、



P.42
「(全日制)高校は中学校と違って、進級に際して出席日数がかなり重視されます。公立高校では、原則的に、ある特定の授業を3分の1以上欠席すると進級が危ぶまれます。例えば、ややもすれば欠席したくなる月曜日の1時限目は、1年間で36コマぐらいしかありません。その3分の1の12回を欠席すると、たとえ他の授業は全出席でも、その時点で留年決定です」


と言ういわゆる1/3ルールの存在です。

 私が通っていた高校は公立のいわゆる進学校と言われる所だったためかやや特殊なのかもしれませんが、その1/3ルールが学期ごとに設定されていたのでした。また同時に遅刻3回で1日分の欠席扱いになる、という別の特殊ルールもあり、起立性調節障害のために朝の1時限目、2時限目の授業へ出席しにくい遅刻常習者の場合は、留年はかなりの現実味があるのでした。(しかも当時は起立性調節障害という概念が出始めたばかりでしたから周囲の無理解も多かったわけです。)。

 特にコマ数が週に2コマしかないようなマイナーな科目の場合、それが1時限目に配置されていると非常にシビアになるのです。1学期は仮に4ヶ月(16週)として、1週2コマ、学期トータルで32コマの科目(地理や政治経済、物理、地学、体育など・・・)が複数あるわけです。留年ラインは週2コマの教科ならば、4ヶ月で11コマ以上の欠席で留年決定となります。(32÷3=10.666・・・、つまり四捨五入して11コマ)

 では仮にその週2コマの教科が午前の1時限目と午後の5時限目に配置されていたとしましょう。病気で朝が起きられないわけですから1時限目を全て欠席していたら午後の5時限目を全て出席しても出席率50%で当然アウトで留年です。仮にテストの点数が満点だとしても出席日数が足りなければどうすることもできずに留年が決定してしまうのです。

 では留年しないためのボーダーラインを計算してみましょう。月ベースで考ると8コマ(午前4コマ、午後4コマ)としたら月6コマ以上の出席は必要なわけです(ちなみに月5コマ出席の条件ではわずかに1/3ルールをクリアできずに留年確定ラインです。5/8=15/24、そして2/3以上の出席率が必要ですからボーダーラインは、2/3=16/24)

 しかも前述の遅刻3回で欠席1回のルールがあります。そのため仮に午前が遅刻4回、午後が出席4回だとしても出席率は7コマ分の認定になるわけです。そこにもし1コマ分を欠席したものなら、午前が欠席1回、遅刻3回、午後が出席4回でも出席は6コマ分の認定になり、これでもうボーダーラインのギリギリのペースです。1時限目の授業への出席がほとんど計算できないことを前提にすれば、あと1回でも欠席はおろか遅刻があっても留年決定となるコースに入ってしまうのです。つまり起立性調節障害の人にとっては週2コマの科目は実質的にはたった1回欠席しただけで崖っぷちの後がない状況に追いつめられてしまうのです。そしてこうした状況が4ヶ月続き、なんとかその学期をクリアしても、再び次の学期へと続いていくのです。

 このように週2コマの教科で1/3ルールを当てはめることは朝が起きられない起立性調節障害の生徒にとっては実はかなり厳しい条件なのです。しかもこうした週2コマの教科は他にも複数存在するわけですから卒業への道はさらに厳しいものになってしまうのです。当時の私の場合、さらに地方の高校でしたから朝の通勤・通学ラッシュの時間帯の電車を1本でも乗り過ごしてしまえばそれで遅刻は確定してしまうという別の問題もありました。仕方がないので5分~10分程度の時間を融通できる自転車通学にしたのですがやはり頭がはっきりしないままに自転車に乗って通学するためか登校途中に交通事故にあうことが2回ありました。そうして各教科の出席日数を逆算してギリギリのボーダーラインを計算しつつ、全く言うことの聞かない体にムチ打ってなんとか高校を卒業していったわけです。しかし、今こうして思い出すだけでも非常に苦しい思い出です。

 それでもなんとか高校を卒業し、大学へ進学することにはなりました。が、はっきり言えば、それは私自身の努力というよりは学校関係者の配慮も含めて運が良かっただけでした。決して褒められる話でもありませんし、誇るべき話でもありません。むしろ私にとっては恥ずべき話なのです。しかしそうしたギリギリの妥協に次ぐ妥協の選択をすることでしかおそらくは卒業することはできなかったのです。(なお、私がそうした1/3ルールのギリギリを計算して卒業したことが気にくわない先生もおられたのか私の卒業後に留年決定の基準が1/3から1/5へとより厳しくなってしまったと風の噂で聞きました。ただその話もだいぶ前の話ですのでその話が本当なのかどうかは不明です。起立性調節障害の理解が進みはじめた今ではそれが単なる噂話にすぎないことを願いたいのですが・・・またもし本当であれば、そうした先生方に聞いてみたいのですが、当時の私の行動は怠けや甘えや狡さだったのでしょうか?)

 さて、こうした経験をした私としては、早急な制度改革や他の学校(通信制、定時制、フリースクールなど)への転籍、学期ごとの休学や補習制度、各種ルールの緩和などの柔軟な配慮をお願いしたいところです。大学進学率が50%を越えつつある時代に高校生の段階で、しかも理由が出席日数という無意味にも近い要因でドロップアウトを増やしてしまうことはかえって社会的な損失が大きいのではないかと考えます。この「全日制における1/3以上の出席できなければ留年」というルールの厳格な運用が現代においてどれほどの価値と意味をもたらすのでしょうか?かつての旧制中学と現代の高校の果たすべき役割は大きく変化しました。こうした過去の遺物と言うべきルールが若者を社会からはじき出し、未来を摘み、将来を閉ざしてしまうことを助長してはいないでしょうか?「それがルールだから・・・」と切り捨てていくことに何の疑いも感じないのであれば、それは教育者として大切な何かが欠落していると言わざるを得ません。
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